超個人的な〇〇フリーの勧め

さとうです。
今日は節分です。
節分は行事が多くて好きです。
2年前は、なんとお坊さんに向けて豆まきしました。

さて、個人的な話が含まれていて申し訳ないのですが、久しぶりに投稿しようと思いました。


【アル中からアルコールフリー】

僕は、お酒から“自由”になって3年目を迎えています。二十歳そこそこから20年弱お酒が大好きでほぼ毎日飲んでいました。

お酒を飲んでいる時から、なんとな〜くいつか爺さんになる頃にはお酒は飲まなくなるだろうと思っていましたが、足首の抜釘手術をきっかけに、思いのほかその時が早く来た感じです。

無理にお酒をやめた訳ではないので、友人に「禁酒してるんでしょ?」と言われると、禁酒ではないんだよと言っています。

僕がお酒から自由になったという表現を使うのは、アルコールフリーという響きがとてもしっくりきたからです。

よく巷で言うグルテンフリーだとかニコチンフリーだとかのアレです。

つまり、禁酒ではなくてお酒に対して自由になった感じなんです。

僕はその時、自分に必要で良いタイミングだったのでお酒から自然と離れましたが、お酒は一つの例であって、禁酒を勧める投稿では無いので、誰もが持ってるであろう〇〇フリーについて話を進めます。

【Freeってなんだ???】

青春時代の心の叫びのような見出しで、正確な答が出にくい疑問ですが、2年くらい前にこの〇〇フリーのFreeというガイコクゴがなぜしっくりきたのかを、英語読解力ゼロの頭で勝手にふと考えてみました。

僕は、昔から比較的自由な人だと言われていますが、思うと10代はやってはいけないという押し付けを跳ね除ける事が自由だと思っていて、

20〜30代は良し悪しの基準もなく自分のやりたい事を好きなだけやれる事を自由だと感じていました。

そして〇〇フリーの意味する自由とは、やりたい事をやる!というような足し算的要素の自由であったり、

コレは良いことだからやらないといけない!悪いことだからやってはいけない!などの拘束された不自由の反発とは別物なのではないかと思いました。

そもそもの問題を作っている原因となるモノゴトからしれっと離れることができたら、そのモノゴトが起こす連鎖的な諸問題から解放された状態になれるんだなと、僕の中でFreeの認識がアップデートされ、別次元の自由を実感することになったのです。

とはいっても個人的にまだまだまだまだまだ不自由と感じることは多く、究極の自由はおそらく自分の中に固着してる思い込みからFreeになることだと思っていますが。

【超個人的な〇〇フリーの勧め】

しかし、この小さな〇〇フリーはとても実践的で多くのモノゴトに応用可能で、消える気配のなかった問題が意外と簡単に解決する秘訣なのかもしれません。

別の例えで言えば、15年くらい前にシャンプーや洗剤の界面活性剤問題を知り、僕はしれっとナチュラル石鹸に移行しました。

しかしどうやらナチュラル石鹸を作る上で別の環境破壊の問題が起こるなどと聞き、考えることとか調べることすらアホらしくなって、体や頭や皿を洗う事に関して、洗剤や石鹸を一切使わない、泡フリー実践に移りました。

無責任と言われそうですが、それ以来この問題について僕個人が考えることも関与することも無くなりました。

考えてみれば、その他にも多くの〇〇フリー実践があります。

きっとみなさんもちょっとしたこだわりと言うか、何かしらの〇〇フリーがあると思いますが、

今、何か気になる問題があれば“新たな〇〇フリー”実践をしてみてはどうですか?

ちなみにこのような実践は超個人的に進めるのが良いと思っています。

そもそも自由は個人的な自己決定を意味するし、みんなでやろう!そして世の中変えよう!的な強制感は不要です。

また、〇〇フリーは事によっては犠牲やデメリットを伴う場合もあると思います。

そして、自分の判断で始めた新たな〇〇フリーを実践して数年たってみたら、何から自由になって、何を犠牲にしたかを勝手に思い返してみるのも良いかと思います☺︎

平成31年節分